穴ぐらにいる様な

強制送還から1週間経過しようとしている。

先週の今頃は羽田空港から 軽やかに旅立っていた…ような。

今となっては、軽やかだったのかどうかもわからない。羽田空港のセブンで買ったおにぎりやお菓子も 搭乗の際 どこかに置き忘れていた…機上で気がつき、『ヤバイな自分』と思い イヤな予感羽田空港していた。

送り返され、ショックと意外の塊で、帰宅して暫くは普通で いられた。

犯罪があって戻された訳ではないが、日に日に自分のバランスを崩している。

夜になると 息苦しくなり、拘留されていた あの空間とその時の心境が蘇る。判断がつかない、自分の経験や知恵では乗り越えなれない、ものずごい大きな圧力につぶされ消される寸前がずっと続く…。

その国さえ見なければ、考えなければ、それでいいのじゃないかと言い聞かせてみる、特に愛着のある国でもないのじゃと…。そこに私の心や魂 愛が残っている---のか。

難民経験された人々を思う。自国に居られず、自国から逃げなければいけない人々。どんなに不安だろうか。どう自身を保っているのだろうか。メディアが見せる彼らの顔には嘆きがあふれて 悲しさがおおっている。少なからず私にも嘆きたい悲しみがあるが、押し込められ出て来ない…それが 自分を押しつぶしている。怖い、突破口がない、苦しい---。語る手段も無くした。助けてとも言えない。

私は何処へ行くのか、どこかへ行けるのか。そんなに定規で引いた様には切って捨てられない、コンピュータのようにカット 消去出来るものでもない。

時に流すしかないのかな。 

 

誰も味方じゃない、

私だけが なぜこうなったのか… 

そんなメンタルの歪んだ思考が出現してきている。誰かを恨みはしないが、誰も恋しいとも思わない。

希望がないのかなぁ…。

 

あまりに静かなこの夜。

空気がなく、真空パックされているみたい。

3/5

どんな始まり、三月。

先月の、正月の延長線上の毎日。

去年くらいからテレビ見るのが、

楽しみになり、

ドラマの再放送や、

ドラマの一挙全編放送に楽しさを覚えている。

テレビ、約20年ぶり。

ずっとテレビにくぎ付けとかあり得ない生活で、子供の頃 銀座ナウやアニメ、ドリフにゲバゲバをやたら見ていた感覚が蘇る。

 

弥生、手抜かりはないか…

月初め。

起きたら昼になっていた…。

そんなことでいいのか!

ブレてないどころか、ゆるゆるのダルダル。

さすがに焦り、たぬきうどん作って食べて

外出。とにかく2時間強、歩く…と。

郵便局や銀行へ、買物も一か所で済ませず。 

ブレイクでは、河口慧海を☕️をしながら読む。

ブックオフへも久々行ったが、探して立ち尽くす、疲れやすい。1時間も探していられない。

ホリエモン獄中記、面白そうだった…。

 

夜中、ストレッチに体操する。

柔軟性の欠落…ほぼ毎日柔軟やってるのに、

関節は硬化増すばかり。

なぜかまた 今夜も眠れずにいて、昼頃起きるのかと思うとゾッとする。

 

2:48am

2月も行ってしまう。

今月何をして、何をしなかったのか。

2017の2月。

人生で初、フラットな日々。

何かと驚きはあるものの、

驚かなくなった。

歳を重ねたゆえ、つまりは経験値の成せるゆえ。いいのかなんだか。

凡人の我が身は 歳をとっただの、扶養の選択、人間やめますかでも ただ年取るって方法もあるけれど、著名だったり芸術を志したり、向上し続けなければ生きていけないケースは大変だ…と、言いたいところだけれど、その実 ホントに大変なのは、惰性でこの世を生き続けなければならない事だ。

漠然とただひたすらに点の日を送る。

しかし、それは、諸行無常の事をさすのではなかろうか。

燃えない情熱を携帯し、うろうろと犬もしないしぐさで、毎日毎日時間を、目をむいて、大半天井を見上げるかな。

エンジンかかっているのか。

エコエンジン然とし、停止時に音がなく、自分でも確認ならず。誰も気づきもせず。

そんなんでいいや、と。 

三歩進んで二歩さがる

火曜にまた消化器系のどこか不具合で、

出先の駅で果てる。

駅のトイレに30分以上こもる。

パウダールームがあって良かった。

 

それが、肉、ロースやバラでも、多少食べると調子が戻る。どういうことだ⁉︎

ゴハン無しで、野菜スープと肉、いいみたい。

 

火曜以来、在宅で、物置整理や壁塗り、ジャージのゴム入れ替え、冷蔵庫整理、などしてる。

古い物捨て新しく!

自分の体が古い…って。

周南市とかいう自治体

数年前から、保護犬猫🐕🐈の施設のお掃除や遊んでもらいに通っている。寄付する金銭がないので、勤労奉仕

始めは、虐待という 身体や心、命に異常者のストレスが加わってしまった猫達のみだったが、 

昨年からは子犬が加わった。

私が通うのは都内、その子犬達は、山口県から空輸で、避難しやってくる。まるでユダヤ人に生きる道を開く必死の活動が、今も行なわれている。殺という処理、、、

いくら受けても受けても子犬達はやってくる。

 

いっせい捕獲や殺生が、策じゃないだろうよ。

ボランティアで毎日その辺りに出向いている 人がいるんだ、話かけて 案や策をこうたらどうなんだろ。共に命の尊厳を体現し無いのか。

自分達だけでだめなら、日本中、世界中に助けを乞うて欲しい。

僕のnew cinema paradise

私はASKAのファン。

にわかファン。

万里の河やひとり咲の世代で、

彼らが突如の如く 髪を切って ドラマの主題歌を歌い始めた頃には、洋画一色になっていた。

忘れもしない、2013, サンディエゴからセドナの長ドライブの時、なぜか はじまりはいつも雨を聴き、砂漠の荒野にオアシスのような思いだった🏜

アメリカの生活に行き詰まり、これ以上 勉強も生活も独りでは厳しすぎて、目指す学位も要らなくなりつつあり、ヨーロッパに逃げる前の、そんな時に 安住さんの日曜天国 と askaさんの oneに引き寄せられた。

 

昨今、フレディもジョージマも さっさとと逝ってしまい、音楽はさりげなく聴いていないと、悲しい結末しかない気に襲われ続け、

注意を払わないようになってしまった。

がしかし、この、僕のニューシネマパラダイス という句は ずっとずっと反芻され、どんどんと かけがえのないものの例えだと 感じている。